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精神障害者福祉をめぐる諸問題

『手話コミュニケーション研究』1999年12月

 はじめに 本誌の編集部から、「精神障害者問題について原稿を書いてほしい。その理由は、私たちも他の障害分野のことを知りたいし、知ることが大切だと考えるからです。」と、依頼があったとき、私は大変嬉しく思いました。  日本の障害者問題、その施策や制度はまだまだ多くの課題を残しておりますが、とくに障害が重いために、自分の力だけでは生活していくことが困難な多くの障害者の問題は、基本となる諸課題が先送りされたままで、完全参加と平等とかノーマライゼーションの理念は、言葉だけに終わっているのが実情です。  その中でも精神障害者の問題は、福祉も雇用対策なども、すべてにわたって大変遅れているのです。本稿では、精神障害者問題の基礎的なこと、現状、これからの課題などについて、できるだけわかりやすく紹介したいと思います。

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1.精神障害の定義と数など

 わが国で精神障害者という場合、その定義は「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(略称:精神保健福祉法)第5条(定義)で、次のように定められています。
 『精神障害者とは、精神分裂病、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その他の精神疾患を有する者』と規定されています。専門家でないと理解できない用語が用いられていて、一般にはわかりにくい内容となっていますが、多少の不正確さを承知で別の言い方をすれば、精神分裂病、躁鬱病、神経症、アルコール中毒、てんかん、その他精神疾患をもつ人を精神障害者としているのです。知的障害者もこの法律では精神障害者に含めていますが、実際には知的障害者福祉法によって別制度による福祉施策が講じられていることは、ご承知のとおりです。
 なお、この精神病者はすべて精神障害者とする定義は適切であるか、という議論があり、少なくともリハビリテーションや福祉サービスを必要とする人を障害者と規定して、その人々にはしっかりしたリハビリテーションや福祉の措置を講ずるべきだとする主張があります。大きい検討課題です。
 精神保健福祉法の定義にそって、1年間に精神科医療機関を受診したすべての患者を集計したもの(平成9年度)が217万人の精神障害者数であります。平成6年度は108万人でした。2年後の平成8年度が157万人となり、その1年後には一挙に60万人にも増えて217万人となったのであり、国の調査統計としてはあまりにも杜撰で、信頼性に欠ける数字と言わざるを得ませんが、現実にはこの数字が使われているのであります。
 現実に精神障害者保健福祉手帳の所持者は15万人弱であります。しかし、精神障害者に限り、医師の診断があれば手帳は所持しなくても障害者と認められ、制度上のサービスは受けられることになっています。

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2.精神障害者対策のこれまでの流れ

 わが国の障害者福祉施策は、昭和24年に制定され、翌昭和25年から施行された「身体障害者福祉法」に始まります。この法案を作成した人の著書には『当面は財政的な理由などで身体障害者に限定した制度として発足するが、近い将来、知的障害者や精神障害者も対象とする法律にしていく予定である』と書かれています。
 しかし、現実は、予定とは全く異なって、昭和35年に「精神薄弱者福祉法」(現知的障害者福祉法)が別に制定されたのです。この理由は知的障害児・者の一貫性の確立という点であったと聞きます。知恵おくれはあっても、大人としての社会経験を重ねれば、生活者として成長するという視点を見落とすという過ちを犯したのだ、とこの制度化を中心になって推進した人から、私は直接悔いる言葉を聞いたことがあります。所管も社会局(現社会・援護局)から児童家庭局に移されたのです。
 精神障害者の福祉施策が制度として動き出したのは、昭和63年7月から施行された精神保健法(それまでは精神衛生法)で、社会復帰施設(援護寮、授産施設、福祉ホーム)が初めて制度化されたのであります。身体障害者福祉法制定から実に38年も経っているのです。
 しかし、精神障害が公式に障害者の範囲に含まれるのは、さらに5年後(平成5年12月)の「障害者基本法」の成立によってであります。それまでは身体障害者と知的障害者に限定されており、ここで初めて精神障害者が加えられたことは、多くの方がご承知のとおりであります。
 これを受けて、精神保健法の改正作業が進められ、平成7年5月に「精神保健及び精神障害者の福祉に関する法律」が制定され(精神保健法の改正)、精神障害者の福祉施策がようやく本格的に動き出したのであります。
 国連の「障害者の権利宣言」(1975年)や国際障害者年の“完全参加と平等”、これらの理念や、その発展としてのノーマライゼーション、そしてリハビリテーション、QOL、バリアフリーなど、すべての理念や具体的な施策は、当然のこととして精神障害者を含むすべての障害者を前提としていることは明白であったのです。しかし、現実は精神障害者施策が全体的に遅れがみられたために、国連は、改めて平成3(1991)年に「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケア改善のための諸原則」(国連原則)を採択しています。
 わが国では、述べたように、精神障害者に対する諸施策を「国連・障害者の十年」の期間内にも、障害者施策の対象外としていたのであり、現在もなお大きく立ち遅れているのであります。

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3.諸外国の精神障害者施策

 わが国では、現在も精神科病床に約34万人の精神障害者が入院生活を送っています。 数年前まで増え続けていた入院患者も、ようやく上げ止まり、若干の減少はあったものの、現状は横ばいの状況にあります。
 今日、世界の精神科医療と福祉の流れは、従来の隔離収容、すなわち入院中心から外来通院や地域ケアへと大きく変化しています。いわゆる脱施設化が進められているのであります。その背景には、人権思想の高まりや、向精神薬の開発等があります。欧米先進国では30余年前から隔離収容から通院と地域ケアに転換する施策を進めております。
 私は、これら諸外国の精神科医療と福祉の実際を知るため、イギリス、フランス、オランダ、スウェーデン、カナダ(ブリティッシュ・コロンビア州)を訪問し、現地で調査しましたが、日本とは全く様相が異なっており、改めてわが国の精神障害者施策の著しい立ち遅れを、腹立たしい思いで知らされました。
 入院患者は、国によって若干の差はありますが、概ね90〜65%を地域に帰しており、地域で生活できるケアシステムがしっかり機能していました。 イギリスの精神病院の中では、数少ない入院患者1人ひとりを対象に、ワーカー、看護婦、作業療法士、心理療法士、それに地域ケアの組織からのメンバーなどを加えてチームがつくられ、社会復帰させるための手だてを検討し、そのために必要な各種の対策を進めていました。
 フランスでは、国立病院の分院を、パリ市内の住宅街の中に置いて、入院患者はワンルームのアパート生活の形態をとり、また、この分院には、その地域に住む精神障害者に実費による給食サービスや、地域で生活をするために必要な諸サービスを行う、地域センターの機能をも持たせていました。
 オランダでは最初に訪問した厚生省で、精神障害当事者団体、家族の組織の代表などが“日本の視察団の皆さんを歓迎する”と手書きで作った小旗を持って迎えられたことにまず驚きました。厚生省の役人さんは女性が2人で、精神障害者の権利を守る担当と、地域ケアのための条件整備をする担当であると自己紹介しましたが、こんなことが日本で考えられますか。
 オランダでは、医療にしても福祉にしても精神障害者の同意が原則であること。そのために、病院でも、生活寮でも経営者(管理者)と患者または障害者の組織との契約書に基づいて運営されているようです。
 スウェーデンでは、街の中に障害者自身の運営によるクラブが何カ所もあり、その中にはランチやコーヒーなどを出す軽食堂やコインランドリー、卓球室、洗濯室、パソコン教室などもある、規模の大きいものから、ランチサービスと談話室だけといった小規模の所があります。職業訓練のためのワークショップもあり、一定のレベルに達すると、障害者雇用のための公社であるサムハル社に就職して働くことができます。
 カナダのバンクーバーは、ブリティッシュ・コロンビア州全体を管轄するメンタルヘルスセンターがあり、その中に地域毎のセンターが設置されていて、約8千人の精神障害者に必要なサービスを行なっています。サービス内容は、就労・住居のようなことから各種相談、遊び、セックスに至るまで、数十種類のサービスメニューが用意されているとのことでした。
 かつて5千人も入院していた病院は、現在は500人と、10分の1に減らしており、間もなく300人程度になるだろうと説明していました。病気の寛解状態に応じて、実にきめ細かい対応がなされています。
 私たちが訪問した精神障害者社会クラブは、ランチのサービスや、生活技術を身につけていくためのゆったりした訓練、回復度の高い精神障害者が重い人に接しながら、徐々に自発性を引き出していく手法などもとられており、地域で暮していくための多様な援助を行なっていました。また、就労支援や職業的訓練なども行なっていました。
 以上、ごく部分的な紹介ですが、この中から、全体像を判断してください。わが国のように、現在も依然として隔離収容政策を続けている国と対比して考えていただきたいと思います。

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4.わが国の現状

 わが国でも、昭和50年代頃から部分的には、社会復帰対策がとられ始めてはいました。全く何もなかった訳ではありません。 しかし、昭和35年に8万5千床だった精神病床は、昭和50年代には28万床に増え、さらに昭和60年には36万床へと、25年間に27万5千床も増えたのであります。欧米が昭和40年代から隔離収容を転換し、通所医療、地域ケアへとシフトしていき始めたのに、この国はそれに逆行する道を歩んだのであります。
 そのために、前述したように、わが国の精神障害者福祉の本格的始動は、「国連・障害者の十年」が終了した翌年からであったのであります。しかも実態のうえでは現在も隔離収容が続いているのです。入院患者のうち、60歳以上が約40%を占めており、また、10年以上在院期間の患者は約33%となっております。高齢化が進み、長期入院に伴うホスピタリズムによる社会不適応は当然増えています。
 政府の公式統計によっても、入院患者の3分の1は社会的入院であり、社会での受け入れ体制が整備されれば、いつでも退院できるとしながら、そのために必要な施策が進んでいないのであります。
 昨年の精神保健福祉法改正によって、新たに居宅生活支援事業(ホームヘルプ事業)が制度化され、精神障害者福祉は、制度としては身体障害者や知的障害者並みになりましたが、内容が伴っていないのです。
 その理由は、予算が少ないことです。平成11年度の政府の精神障害者福祉予算は約110億円にすぎません(知的障害者福祉予算は2千億円超)。平成12年度は190億円と、かなりの増額になりましたが、これは施設運営費がきわめて低く(知的障害者施設の2分の1、身体障害者施設の3分の2)、その格差がきわだっているため、身体障害者並みの運営費に引き上げるためです。施設や事業数は障害者プランの目標にそった増額をみている程度です。
 しかし、あまりにも少額の予算であることに変わりはありません。
 平成11年10月現在の精神障害者福祉施設および事業を設置主体別に見ると別表のごとくです。

(別表)設置主体別施設・事業所数 (平成11年10月現在)
設置主体/
施設(事業)別
医療法人 社会福祉法人
公立 その他
援護寮 186 116 58 11 1
福祉ホーム 107 70 34 1 2
授産施設(通所) 152 19 114 17 2
授産施設(入所) 21 12 9 0 0
福祉工場 9 1 7 0 1
地域生活支援センター 153 60 73 19 1
合計 628 278 295 48 7
割合 100% 44.3% 47.0% 7.6% 1.1%

(注)
1. 社会福祉法人等には社団または財団法人が含まれている。
2. この他グループホームは平成10年4月現在で498カ所あり、設置主体別では、医療法人216(44.2%)、社会福祉法人等107(21.9%)、公立2(0.4%)、その他166(33.9%)があり、その他の16は家族会立が多い。

 利用者定員は地域生活支援センターを除き、8千人弱です。このほか精神障害者主体の小規模作業所が約1,300カ所、約2万人が利用しています。 別表を見ておわかりのように、精神障害者施設のうち約46%は医療法人の設置経営であり、他の障害者施設には見られない姿があります。精神障害者施設は他の障害と異なり、第2種(身障、知的障害は第1種)社会福祉事業とされ、医療法人の参入を最初から認める制度としたのです。社会復帰を進めることによって生ずる入院患者の減少に神経を尖らす民間病院と、厚生省の妥協の産物と言われています。
 また、人口30万人につき2カ所設置して、精神障害者の地域生活を支援する目的で、身体障害者、知的障害者と横並びで制度化された「地域生活支援センター」も、その39%を医療法人が認定されていることは、この事業の目的からしても理解できないことであります。本来この事業は、地方自治体がもっと前面に出て、複数市町村地域に計画的に設置して、地域の多様な社会資源を活用し、個々の障害者に住居や地域ケア、ホームヘルパーなどを斡旋または利用せしめて自立した生活を送れるように支援する目的で制度化されたものです。これを精神科の医療法人に事業認定するなどということは、制度の趣旨に反し、かつ経費の無駄遣いに終わる可能性大であり、本来許されざることと言われなければなりません。わずかの予算で細々と実施されている精神障害者福祉の事業は本来医療と分離したうえで、それぞれの役割を果たしつつ、連携していくことでなければなりません。
 要するに、わが国の精神障害者福祉は、隔離収容主義の守旧派に押されて、形ばかりの予算で、しかも歪んだままわずかに進んでいるという状況にあるのです。

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5.これからどうするか

 精神障害者問題の基本的な課題は、「適切な医療を受けながら、地域で暮すこと」のできる条件をつくることであります。 欧米やカナダなどの実情を見て推断できることは、わが国でも入院患者の70〜80%は、地域でのケア体制が整備されれば退院可能であると私は思います。現実には60歳以上の高齢者が多い(40%)ことや、入院期間が10年以上(33%)と長く(5年以上を加えると約50%)、社会的不適応を起こしている人も多いと言われていますが、それでも地域社会に帰してケアをすべきだと思います。カナダのバンクーバーでは高齢障害者用の共同住宅(居宅6、居住者6人)を見ましたが、服薬の管理などの資格を持つスタッフが交代制で24時間配置され、必要なケアが行われていました。入居者もそれぞれ役割を持って生活をしていました。
 わが国でいまだに隔離収容から通所型に転換できない最大の理由は、精神病床の90%が民間病院によって占められていることにあります。欧米はその逆で、多くは公立病院であります。
 この民間病院によって組織されている日本精神病院協会の月刊誌上で、同協会の常務理事は、「われわれは政府に協力して病床数を増やしてきたが、状況の変化を口実にして、厚生官僚が大幅に病床を減らすというなら、国は1床あたり1千5百万円〜2千万円で買い取れ」という意味の主張をされています。このような主張が全体の意見とは言えないまでも、多くの病院経営者の気持ちを代弁していると言えるでしょう。精神科医療を民間に依存してきた結果が重くのしかかっているのであり、それが精神障害者にしわ寄せされているのであります。
 精神障害者の福祉施策は、政治力のあるこれら医師の団体による抵抗にあって、遅々として進まないのであります。政府統計で入院患者の3分の1(約10万人強)が社会的入院としながら、障害者プランではわずか1万3千人分の福祉施設等の整備計画を盛ったにすぎません。
 また、福祉の制度も、保健・医療・福祉をひとつの法律で行なっており、精神衛生法→精神保健法→精神保健福祉法と名称を変え、医療法の中に福祉を継ぎ足した制度であって、身体障害や知的障害のように独立した福祉法をもっていないのであります。
 福祉施設の多くを、とくに入所施設においては60%以上を医療法人が経営しているという非社会性も、精神障害者福祉制度の弱さに起因しているのであります。 かつては精神障害者福祉法やてんかん基本法の制定という主張がありましたが、国際障害者年以後、障害種別のタテ割制度をやめて、総合的な障害者福祉制度の制定をめざすべきだとする意見が高まり、日本障害者協議会などで、試案をまとめて厚生省や国会に提案しています。
 精神障害者の犯罪報道が目立つこともあって、国民の精神障害者への偏見が薄まらず、社会復帰を停滞させている一因とする意見があります。 確かに、偏見の問題は大きく、これに正面から立ち向かわなければなりません。しかし、欧米では地域ケアにシフトしたあとも、とくに精神障害者の犯罪が増えたという事実はありません。私たちの質問に対しても関係者は自信をもってそう答えます。
 述べたように、甚だしく立ち遅れている精神障害者の問題を前に進めるためには問題点のひとつひとつを根気強くときほぐしていくほかはありません。そしてどこかで革命を起こすような大きく、力強く、そしてスピードのある行動を組織して、隔離収容体制を粉砕しなければならないと思います。そのための障害者団体の共同が不可欠です。

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