ページスタート本文にジャンプできます。メニューへジャンプできます。トップページへ戻ります。
ビジュアルエリアスタート
library

ホームライブラリー調名誉会長アーカイブ > わが国の精神障害者福祉の背景と課題

コンテンツエリアスタート
ここから本文です。

ライブラリー

わが国の精神障害者福祉の背景と課題

『精神障害者リハビリテーション』2000年11月

はじめに

 最近、精神障害分野の人々を主な対象とする印刷物に、原稿を書くことに空しさを感じている。精神障害分野の多くの単行本や雑誌などにたくさんの精神障害(病者)にかかわる論文、評論、解説等が、見方によっては溢れるほど書かれており、その建前は「脱施設化」「福祉施策の推進による地域ケアの実現」への流れを受けているように読めるものが多い。にもかかわらず現実はほとんど変わっていないのである。もっとも、『精神病院協会雑誌』では、国がベッド数を減らすと言うなら、1床あたり1,500万円〜2,000万円で買い取れ、理由は国の施策に協力して増床してきたのだから、というあからさまな主張もある。それを地でいくように入院患者は34万人と少しも減っていない。ここほぼ10年横ばいが続いている。精神保健福祉法の改正によって「居宅支援事業」が制度化され、社会復帰施設の利用も窓口を市町村に移すなど、制度的には整備は進んでいるとはいえ、そのための国の予算は鼻くそのようなもので、わずか200億円にも満たない額である。知的障害者(30万1千人)の福祉予算2,000億円余と比較してみれば、私が「鼻くそ」というきたない言葉をあえて使う理由もおわかりいただけよう。
 その知的障害者でさえ、3分の1強の10万5千人が入所施設で暮らしており、地域で生活しているほとんどの知的障害者は親や家族のケアのもとで生活しているのが現実である。スウェーデンにおける、入所施設0人と比較してみれば、わが国の遅れは歴然としているのである。
 わが国における精神障害者問題が、国際的な理念と実際からいかに立ち後れているかをほとんどの関係者は承知していながら、現実を変える力となっていないと言えるのである。
 私たちは、これまでの運動のあり方を考え直さなければならず、脱施設化へ向けての新しい行動指針をつくり、ダイナミックな行動を組織することが必要となっているのである。

このページの先頭へ

1 障害者福祉の社会的背景

 編集部から私への注文は、表題のとおりであるから、そのテーマにそって述べよう。 国連の「人権に関する世界宣言」(1948年)、「障害者の権利宣言」(1975年)、そして「国際障害者年とその行動計画」(1980年)などは、すべて精神障害者をも対象としたものであった。
 また、ILO(国際労働機関)で採択された「身体障害者の職業更生に関する勧告」(1955年)も、その原文は身体または精神の障害であったのであり、これを『身体障害者』と訳したのは、政府の意識的誤訳であると言われている。当時わが国には、1949(昭和24)年に制定され、翌1950(昭和25)年に施行された「身体障害者福祉法」しか存在せず、知的障害者や精神障害者は制度上は障害者の範囲外に置かれていたため、国内法との整合性をとるための意識的誤訳をしたと推察されている。
 身体障害者福祉法の制定にかかわった行政担当者の著書によると、近い将来、知的障害者(当時、精神薄弱者)や精神障害者をも対象とする予定であるが、問題の整理や財政上の理由等で、とりあえず身体障害者に限定せざるをえなかった、と述べている。
 それが1960(昭和35)年に「精神薄弱者福祉法(現在の知的障害者福祉法)」が別制度として制定された。精神障害者が正式に障害者の範囲に含まれたのは、1993(平成5)年の障害者基本法の成立によってであり、身体障害者福祉法施行後、実に43年を経過している。なぜ、こんなにも遅れたのか、その原因を究明することも、今後の対応に役立つと思われるので、後段で若干ふれておきたいと思う。
 欧米では、すでに脱施設化を実現しているが、その背景には、人権思想の高まりや、向精神薬の開発にともなう、精神科医療の進歩があり、その理念や技術を実践した結果であり、特別なことをしたわけではないとされる。
 わが国の精神障害者施策の主流は現在も依然として医療中心であり、しかも入院中心の隔離主義のもとにある。福祉は予算からみても、形式だけは整えられたが、それは付け足し程度のレベルでしかない。
 わが国の障害者福祉施策の全体が、基本のところで欠落しており、稼得能力を喪失あるいは低いために、自らの力だけでは自立困難な人々の問題はとり残されている。その中で精神障害者の問題は、より一層後れているのである。
 総理大臣を本部長とする障害者施策推進本部が、市町村障害者計画策定指針を発表したときも、“ノーマライゼーション”“完全参加と平等”“リハビリテーション”“QOL”“バリアフリー”を障害者計画策定のキーワードとして示しているが、国自体がこれらの言葉の意味を正確に理解しているなら、市町村に公然と示せるはずはない。なぜならこれらの理念にそった施策に国が取り組んでいると言えないからである。
 先進国といわれるこの国で、理念だけは高く掲げながら、現実の施策がともなっていないのは、障害者サイドの能力不足と運動力の弱さである。

このページの先頭へ

2 温存されている旧い制度と意識

 急激な工業化社会の進行にともなって、都市に人口が集中し、一方で過疎化が進み、旧来の家族制度は実態のうえで崩壊し、核家族化あるいは単身世帯が際立って増加するようになった。わが国では、昭和30年までは世帯構成人員は1世帯あたり平均5人であったが、現在では2.8人となっている。少子高齢化の進展ともあいまって、今では単身世帯の伸びが最も大きいのである。
 こういう現象は先進国共通のものであって、わが国特有のものではない。つい近年まで韓国が近代化の中で、旧来の直系制家族制度を維持していることに、“儒教の国だからなあ”といった郷愁と賞賛の言葉を、中高年齢層のこの国の人々から聞いたが、その韓国も今は日本と同じ道を辿っている。
 先に走っている欧米先進国では、家族の基本は夫婦と子どもとなっており、成人するまでの子どもの養育責任があるだけで、成人すれば子どもの親権も扶養義務もない。また、子どもが親を扶養する責任も課していない。わが国のように、2親等までの扶養義務制度(明治29年法律第89号、877〜881条)を持つ国はまず存在しない。親子兄弟姉妹など血族の関係は、自然にまかされている。
 わが国も実態のうえではこれら先進国と変わらなくなっているが、自力で生活できない障害者等のみがこの制度に拘束されることになっているのである。 前述したように、知的障害者の3分の1の約10万5千人が入所施設で生活させられていること、地域社会で生活している大部分の知的障害者が親や家族のケアに依存していることは、天下周知のことである。精神障害者の場合も同じである。精神保健福祉法の保護者義務規定が緩和されても、その背景にあるこの民法の規定は、精神障害をもつ自立困難な子どもを何歳になっても扶養する義務を親や家族に課しているのである。
 わが国が近代社会へと進み、直系制家族制度から夫婦制家族制度へと実態は変化しているのに、依然として農耕社会的な家族制度を維持し続けていることと、障害者施策の立ち後れは密接に関連していることを、私たちはしっかり認識しなければならない。
 先進国が個人単位の社会制度を基本とし、社会と個人の関係で構成され、諸制度が整備されているのに対して、わが国はいまだに制度上は家族と社会の関係が中心である。その結果、障害にともなう生活能力の低い人々の生活支援は、家族が一義的に負うことになるのである。
 退院するとなれば家族が引き取る責任がある。しかし、家庭の事情で困難となれば積極的な退院はできない。家族の中には、“病気が悪くなって家族では手に負えないのに、最近はなかなか入院させてくれず、それで困っている”という人も結構多いと聞く。家族は精神障害者問題の専門家ではない。また、客観性を持ち、理性的な対応をすることを求めることも無理なことである。
 こうした制度的背景のもとでは、入院患者を地域に帰していくことは困難であり、世界の現実とかけ離れた、多くの入院患者を抱える原因となっているし、この問題を変えない限り、現状が続く要因になるとみておかなければならないであろう。
 現実と大きく乖離し、ハンディキャップをもつ者だけを縛っている旧い家族制度−扶養義務の範囲を見直す運動に、本気で取り組むことが必要である。
 この国の政治体質の古さ、政治家の意識の古さが問題である。ここを突破することにも大きいエネルギーを必要とするだろう。政治が現実を踏まえて先に取り上げるべきなのに、と、それを考えるだけでも腹立たしい。

このページの先頭へ

3 歪んでいる社会復帰施策

 昭和62(1987)年の精神衛生法の改正によって、「精神保健法」と改称され、初めて精神障害者社会復帰施設が法制化された。この法律改正に基づいて、援護寮や授産施設が設立されはじめた頃のことである。
 当時私は「全国授産施設協議会(現在の全国社会就労センター協議会)」の会長の役職にあったが、この制度が他の障害分野と異なり、「第2種社会福祉事業」とされたこと。「福祉施設」と言わず「社会復帰施設」としたこと。運営費補助が他障害と比べて著しく低額であり、そのうえ運営費の4分の1を設置者負担とし、その設置者負担も利用者に負担させてよいとしたこと。また補助金の支払いを、年度終了後の清算払いとしたこと、等々、不当と思える他障害との格差の大きさに憤っていた。福祉施策が初めて法制化されという積極的評価はしつつも、むしろ憤りの方が大きかったのである。
 そこで私は授産施設協議会の会長として、当時の精神衛生課長と懇談の機会を持ち、この点について率直に聞いたことがある。とくに運営費の4分の1を設置者負担としたことについて課長は「わが国では医療にかかれば当然自己負担がある。それと同じ性格のものである」と答えたので、「それでは社会復帰施設というのは医学リハビリテーションの範疇なのか」と問うたところ、「そうである」と答えたのである。援護寮は他障害でいう更生施設と同じ性格のものであり、授産施設も他障害と同じように訓練機能を持つ就労施設、と認識していた私は唖然としたが、私の追求にも課長は動ぜず、のれんに腕押しで話は深まらなかった。
 法改正から13年経過し、福祉工場や地域生活支援センター、あるいは居宅支援事業なども制度化されはしたが、基本的性格は変わっておらず、社会福祉施設あるいは事業として明確に位置づけされていない。また、施設の利用定員も8,000人に満たないお寒い状況であり、その姿も歪んでいる。
 次の表は、社会復帰施設と事業を設置主体別に見たものであるが、いろんなことがこの表から透けて見えるのである。

(別表)設置主体別施設・事業所数 (平成11年10月現在)
設置主体/
施設(事業)別
医療法人 社会福祉法人
公立 その他
援護寮 186 116 58 11 1
福祉ホーム 107 70 34 1 2
授産施設(通所) 152 19 114 17 2
授産施設(入所) 21 12 9 0 0
福祉工場 9 1 7 0 1
地域生活支援センター 153 60 73 19 1
合計 628 278 295 48 7
割合 100% 44.3% 47.0% 7.6% 1.1%

(注)
1. 社会福祉法人等には社団または財団法人が含まれている。
2. この他グループホームは平成10年4月現在で498カ所あり、設置主体別では、医療法人216(44.2%)、社会福祉法人等107(21.9%)、公立2(0.4%)、その他166(33.9%)があり、その他の16は家族会立が多い。

 社会復帰施設のうち48%(入所施設では63%)が医療法人によるものであること。地域生活支援事業を含めた全体の44%が医療法人によって設置されていること。とくに地域生活支援センターを60カ所も医療法人が行なっていることには驚く。この地域生活支援センターは、身体障害者、知的障害者と横並びで、概ね人口30万人(複数市町村域)に2カ所設置し、その地域のあらゆる資源を活用して、自立困難な人々を地域生活ができるよう支援し、それを定着させていく目的を持つ事業として制度化されたものである。本来なら都道府県が中心となり、福祉圏域を設定して、一定地域毎に3障害を一緒に設置して、機能させることが望ましい事業である。
 このような事業まで、医療法人で実施することを認める国の姿勢は理解できないことである。なぜなら事業目的にそって正しく機能するはずがないからである。費用の無駄使いであり、無理があるのだ。
 しかし、これがわが国の現実なのである。精神障害者の福祉制度を第2種社会福祉事業とした理由も、わが国が他の諸国と同じように、通所医療、地域ケア−すなわち脱施設化に向かうことを極度に警戒する医療関係者との妥協を図ったものであり、それが前述した他障害との格差の根っこにあると私には見えるのである。
 かつて国際障害者年の年に、わが国で行なった「国際リハビリテーション交流セミナー」に、国際的に著名な精神科医・林宗義医師(当時カナダ在住)を招いて講演を聞いたが、氏は「医学の分野と福祉の分野はそれぞれ異なった役割があり、異なった専門性が必要である。したがって医療と福祉は分立して、その間に大きい橋をかけて連携することが適切なあり方である」という意味のことを話されたが、わが国ではそうではなく、現在も医療が中心で、福祉をその傘の下に置こうとする力が大きく働いているのである。
 医療法人の行う福祉(社会復帰事業というあいまいな表現は改められなければいけない)は、患者を確保する手段として使われる側面もあり、きわめて不適切である。 デイサービス事業も現在は医療機関のみで行われているが、これも福祉事業として位置づける方向で検討した方がよいと思う。しかし、わが国の現在の制度体系のもとでは、なかなか転換は難しい。医療法人で大規模なデイサービスを行うところも生まれているようであるが、患者の意識から離れて、地域の生活者として暮らせるようにするためには、医療とは別の、地域福祉の体系の中で、地域に密着して存在するデイセンターに通所できるよう、条件整備をする方向に向かわなければならない。

このページの先頭へ

4 世界的潮流になぜ逆行

 くり返しになるが、欧米では1965(昭和40)年前後から脱施設化−通所医療、地域ケアへとシフトしはじめている。現在この脱施設化をほぼ終えており、入院患者は国によって多少の差はあるものの、概ね90〜65%が地域に帰され、通所による医療と福祉サービスのもとで生活している。
 わが国では1960(昭和35)年に8万5千床であった精神病床を1975(昭和50)年には28万人床に増やし、さらに1985(昭和60)年には36万床へと、25年間に27万5千床も増やしたのである。欧米とは全く逆の道を辿ったのである。なぜ、このようなことが許されたのであろうか。
 わが国は、国際障害者年以後、国際的な情報に敏感になっており、とくに先進的なモデルについては情報収集や、その分析・評価は比較的早く行われるようになっている。にもかかわらず、精神障害分野については、おそらく政府(厚生省)や精神医療関係者などは、欧米のこの流れを承知していたはずと思われるが、なぜか一般には知られていないのである。障害者分野全体の関心の低さもその理由として挙げられようが、問題認識がきわめて低いのである。
 私自身も、精神病者の医療と精神障害者の福祉の勉強に目的を限定してイギリス、フランス、オランダ、スウェーデンの各国を訪問し、現地でその実情を見聞し、改めてわが国の問題を認識したのである。その後、カナダ(ブリティッシュコロンビア)を見て、この国との開きの大きさをより強く痛感した。日本は逆行している。これは許されざることである。“完全参加と平等”とか“ノーマライゼーション”の理念を政府も高く掲げながら、実は反対のことが行われてきて、それを変えられないでいる。そう思ったのである。しかし、なぜ、こんな途方もないことが日本でやられたのか。私の理解の外にあったし、考えてみようともしなかったのである。
 しかし、ここにきて、病院の経営主義や政府の怠慢を責めるだけでは、事は前に進まないかもしれないと感じることがあり、問題の分析をしつつ、今後の取り組みを考えなければ、と思うようになった。
 最近発行された『大谷藤郎著作集第3巻・精神保健福祉編』は、わが国のこの分野の歴史の断面を知るうえで、貴重な資料としての側面があるが、その中からいくつかのヒントを得ることができる。この本の中に、精神障害者家族会について春島伸一氏の書かれた参考文章があり、その中にこの問題の参考になる部分がある。昭和39年3月に、精神病院に入院歴のある19歳の青年が、日中、アメリカ大使館の庭に侵入して、ライシャワー大使の大腿部をナイフで刺した、いわゆるライシャワー事件の影響である。当時、新聞各紙は精神障害者が「野放し」にされていると大々的に報道し、政府もこれに過大な反応をしたことは、ご承知の方も多かろう。
 国家公安委員会は、臨時委員会を開いて「精神障害者の早期発見のための警察官による家庭訪問」「精神障害者のリストの整備」「精神障害者について保健機関との連絡・協力」「保安処分の早期実施」「精神衛生法の改正をはかり他人に害するおそれがある精神障害者の通報義務を医師に課すこと」などの方針を決めたという。
 この決定にそって、警察庁保安局長は、厚生省公衆衛生局長に対して、「最近精神障害者による重大な犯罪が発生し、治安上これを放置することができない」とし、「精神障害者の収容体制を強化すること」などの申し入れを行なっている。
 また、当時の池田首相は閣議で、医師による警察への届け出義務を中心とした精神衛生法緊急一部改正案を国会に上程する準備をするように指示している。 このような動きに対して、学界や病院関係者が反対し、当時の厚生省公衆衛生局長も理解を示し、法改正に消極的態度をとったために、結果としてこれらの改正は阻止されたのである。
 精神障害者家族会も、こうした動向に危機感を募らせて結成に向かったことが記録されている。
 しかし、日常的に警察権力が介入する法改正は阻止しえたが、「精神障害者の収容体制を強化する」の方向は、大きい流れとなったといえるのではないかと思う。アメリカに対して言うべきことさえ言えない、わが国政府の性格が隔離主義を進めることを容認したと考えざるを得ない。しかも、それを民間病院を中心にして進めたたために、方針を転換しようにも容易でないというのが現在の姿であるように認識できる。ライシャワー事件の後の対応の中で、精神障害者の問題は医療と福祉施策によってこそ改善されるとした意見があったのに、入院医療だけを進めたことに、誤りの根本があったといえるように思う。しかし、そういう理由があったにせよ、現実はかえなければならない。
 バブル期に大きい投資をして失敗したと言って、それを誰が補填するのか。銀行や大企業は社会不安を起こすからとして、多額の税金を注ぎ込み、モラルハザードを起こしているが、こんなことが続けられるわけがない。国民病と言われた結核も、国策にそって増床した経過があったが、治癒するようになってどんどん転換していったのである。国の後押しがあって増床したのだから国が責任をもて、ということなら堂々と主張したらいい。しかし、精神障害も医療の発達によって、通院医療、地域ケアに転換することが世界の潮流となっているのである。入院期間5年以上が50%を占めるという、この国の精神医療は異状であると思わない人はいないはずである。増床の背景は理解できるが、現実を肯定するわけにはいかない。

このページの先頭へ

おわりに

  わが国の精神障害者問題の現状をつくり出している基本的な問題を3点にまとめて提起したつもりである。
 旧い家族制度が退院を阻んでおり、34万人の入院患者の在院が続いている背景にあること。福祉施策が決定的に不足しており、しかも社会復帰制度というあいまいで、かつ歪んだ状況にあること。そして欧米が通所医療、地域ケアを進めている時期に、わが国では逆に病床を大幅に増やすことになった要因と思われること、の3点である。
 今のままではせっかく制度化されたPSWの資格も役に立たない。病院の入退院係のような役割がその大半を占めているからであり、そうならざるを得ないからである。
 精神障害者の福祉を医療法から外して、総合的障害者福祉法の体系の中に組み込まなければならない。
 精神障害者の地域生活を実現するためには大きいエネルギーが必要である。同じ思いをもつ人々が、それぞれの立場や場所で、核心を突く仕事をしてほしいと願う次第である。
 少々よけいなことまで書き過ぎたかと思うが、それはお許しいただきたい。

このページの先頭へ
インフォメーション

PDFファイルをご覧頂くためには「Adobe Reader」が、またFLASHコンテンツをご覧頂くためには「Adobe Flash Player」が必要です。下記より入手(ダウンロード)できます。

  • Get Adobe Reader
  • Get ADOBE FLASH PLAYER

このページはアクセシビリティに配慮して作成されており、障害者や高齢者に優しいページとなっております。

  • Valid XHTML 1.0 Transitional
  • Valid CSS!
  • WebInspectorチェック済み
  • ColorSelectorチェック済み
  • ColorDoctorチェック済み

ページエンド